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東京高等裁判所 平成11年(ネ)732号 判決 1999年5月27日

東京都国分寺市泉町三丁目四番一号一〇六

控訴人

依田光弘

右訴訟代理人弁護士

秋山洋

高橋淳

右秋山洋補佐人弁理士

大橋邦彦

東京都板橋区大谷口上町一九番八号

被控訴人

株式会社殿川貴金属製作所

右代表者代表取締役

殿川安彦

右訴訟代理人弁護士

蜂谷英夫

鶴田信一郎

"

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、原判決別紙物件目録記載の物件を製造し、販売してはならない。

3  被控訴人は、その所有に係る原判決別紙物件目録記載の物件を廃棄せよ。

4  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成八年九月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判実及び4の項について仮執行宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

事案の概要は、次のとおり訂正し、当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決の事実及び理由の第二 事案の概要のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

一〇頁末行の「被告物件において、」の前に「六ミリ玉(直径が六ミリメートルである宝玉)を使用した」を加える。

(当審における控訴人の主張)

一1  クレームの解釈において、明細書のその他の記載を参酌する場合、右記載から読み取れる考案の目的、その目的達成の手段としてとられた技術的構成及び作用効果を参酌すべきである。

本件公報第9図は、本件考案の基本的原理を示したものであるが、その眼目は、隣接する二個の宝玉を四五度で折り曲げた状態において、駒の弾性と逃げを考慮した場合、隣接する宝玉間に接点Cが存在し、その結果隣接する宝玉間の中心間距離が2rとなるような形状の駒であれば、本件考案の作用効果が生じることにある。

したがって、本件考案の作用効果の観点からすれば、「ソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状」とは、隣接する宝玉を四五度に折り曲げた状態において、駒の弾性と逃げを考慮した場合、隣接する宝玉間に接点Cが存在し、その結果隣接する宝玉間の中心間距離が2rとなるような形状をいうと解すべきである。その具体例は、本件公報第1図ないし第5図の実施例に示されている。

2  「ソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状」の意義は、実用新案登録請求の範囲及びその他の明細書の記載から客観的に確定できるから、本件実用新案出願の経緯を参酌することは誤りである。

二1  控訴人が、被控訴人の駒に菱形ABCの範囲内に収まらない部分が生じることを認めたのは、右駒を六ミリ玉に使用し、かつ、右駒が両玉の加圧を原因として縮小する前の状態にある場合だけである。

したがって、原判決のように、「ソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状」を「少なくとも菱形ABCの範囲内に収まることが必要である」と解するならば、八ミリ玉に使用される駒及び六ミリ玉に使用され、かつ、使用に伴い縮小した駒が菱形ABCの範囲内に収まるか否かを判断しなければならない。

2  本判決別紙図1のとおり、八ミリ玉に使用される被控訴人の駒は、菱形ABCの範囲内に収まる。

3  本判決別紙図2のとおり、六ミリ玉に使用される被控訴人の駒であっても、使用に伴い縮小した場合には、菱形ABCの範囲内に収まる。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断するところ、その理由は、次のとおり訂正し、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の事実及び理由の第三 当裁判所の判断と同じであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

二九頁七行目の「原告もこれを争っていない(前記第二の三1(三))。」を「原告も六ミリ玉を使用した被告物件についてはこれを争っておらず(前記第二の三1(三))、その余の被告物件については、駒4が菱形ABCの範囲内に収まることを認めるに足りる証拠はない。」と改める。

(当審における控訴人の主張に対する判断)

一  控訴人は、本件考案の作用効果の観点からすれば、「ソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状」とは、隣接する宝玉を四五度に折り曲げた状態において、駒の弾性と逃げを考慮した場合、隣接する宝玉間に接点Cが存在し、その結果隣接する宝玉間の中心間距離が2rとなるような形状をいうと解すべきである旨主張する。しかし、ある物件につき本件考案の構成要件(二)を充足すると認められるためには、当該物件において宝石類と宝石類の間に介装される駒の形状を、本件公報第9図に当てはめた場合に、右駒の形状が少なくとも菱形ABCの範囲内に収まることが必要であることは、原審認定の本件明細書の記載及び本件実用新案権出願の経緯に照らし、原判決説示のとおりであって、控訴人の主張は、採用することができない。

また、控訴人は、本件実用新案権出願の経緯を参酌することは誤りであるとも主張するけれども、本件において、これを参酌することができないとする理由は存しないから、右主張は採用することができない。

二1(一) 控訴人は、本判決別紙図1のとおり、八ミリ玉に使用される被控訴人の駒は、菱形ABCの範囲内に収まる旨主張する。

(二) しかし、本判決別紙図1の三角形ABCとこれと底辺ABを共有する同形の三角形とを上下対称に張り合わせた形状、すなわち、菱形ABCを想定した場合、本判決別紙図1の駒は、菱形ABCの範囲内に収まるものと認めることはできない。すなわち、菱形ABCは、その長い方の対角線が〇・七七rとなるところ、右三角形ABCの底辺ABは、右駒の中央部ではなく、それよりも相当上方を通っているため、菱形ABCは、駒の上部寄りに位置することとなり、その結果、駒の上部は菱形ABCの範囲内に収まるけれども、その分だけ駒の下部は菱形ABCの範囲からはみ出してしまうのである。また、長い方の対角線が〇・七七rである菱形ABCの範囲内に収まらない以上、周囲を削り落とす前のソロバン玉状の直径が〇・七七r以下であるということもできない。したがって、控訴人の主張は、採用することができない。

(三) また、本件考案においては、本件公報第9図に基づき、右の状態で宝石類の球面と駒との干渉を極力避けるための駒の形状として、菱形ABCに一致する形状を想定し、その形状について、第1図及び第2図の実施例の形状を表す文言をそのまま用いて構成要件(二)のように定めたものと認められることは、前記引用に係る原判決の事実及び理由第三 当裁判所の判断一1(二)(3)のとおりである。ところが、本判決別紙図1は、両方の宝玉間の距離が駒の直径よりも長いものであって、本件考案の構成要件(二)に関して、駒の形状が一致する形状として想定されている菱形ABCに対して、ソロバン玉の周囲を削り落とした形状であると認めることはできない。

すなわち、本件考案は、本件公報第7図のような状態では、宝石類の粒の間に隙間が生じて見苦しくなることのないように通連糸に適宜の張力を与えておく一方で、これを身につけるために本件公報第8図のように弧状に撓ませた際には、同図記載の21の長さ分だけ通連糸が引っ張られることによる張力が掛かって通連糸や宝石類を損傷することのないようにするための考案であることは、前記引用にかかる原判決の事実及び理由第三 当裁判所の判断一1(二)(1)のとおりである。そして、本件明細書には、「公知技術を適用した場合、連結された宝石類を折り曲げると連通糸に過度の張力が加わって切れたり伸びたりする虞れが有り、しかも透孔の端部に過度の局部的な力が加えられて宝石を破損する虞れが有るので却って逆効果である。即ち、第10図に示すように、半径rの2個の球状宝石1a、1bを、厚さ寸法sの平板状スペーサ9を介して通連糸2で連結した場合、実線で示すように通連糸2を真直にした状態では双方の球の中心間の距離LはL=2r+sである。これを鎖線で示したように折り曲げると、中間間距離L’はL’=2r+s+21’となり、21’だけ増加する。従って、この21’分だけ通連糸が強く引っ張られ、該張力の反力は宝石に掛かる。・・・本考案は上記の事情に鑑みて為されたもので、・・・強く折り曲げても通連糸に過度な張力が加わらず、該連通糸や宝石を損傷する虞れの無い連装形の宝飾品を提供しようとするものである。」(本件公報3欄二二行目ないし四二行目)との記載があることが認められ、以上の事実によれば、本件考案は、宝玉の中心間の距離が右L’=2r+sよりも長くなって、その長い分だけ通連糸が強く引っ張られることのない宝飾品を提供するものと認められる。ところが、本判決別紙図1は、隣り合う宝玉間の距離が、駒の直径s(〇・六ミリメートル)ではなく、これよりも大きいものであって、これでは、右宝玉間の距離と駒の直径sの差の分だけ通連糸が強く引っ張られ、該張力の反力が宝石にかかるものであることは明らかである。

これは、右菱形ABCと比較すると、右駒が、周囲だけでなく、中央部をも削り落とした形状となっていることによるものというべきである。そして、このようにどこを削り落としてもよいというのでは、「ソロバン玉状の周囲を削り落とした形状」として、削り落とす前の形状を規定する意味はない。したがって、右駒のように中央部をも削り落とした形状のものは、それが本判決別紙図1の三角形ABCの範囲内に収まるとしても、そのことをもって、ソロバン玉状の周囲を削り落とした形状ということはできないから、本件考案の構成要件(二)を充足するということもできない。控訴人の主張は、この点でも採用することができない。

2 また、控訴人は、本判決別紙図2のとおり、六ミリ玉に使用される被控訴人の駒であつても、使用に伴い縮小した場合には、菱形ABCの範囲内に収まる旨主張する。しかし、ある物件につき本件考案の構成要件(二)を充足すると認められるためには、当該物件において宝石類と宝石類の間に介装される駒の形状を、本件公報第9図に当てはめた場合に、右駒の形状が少なくとも菱形ABCの範囲内に収まることが必要であることは、前記引用にかかる原判決のとおりであって、駒が縮小した場合に初めて菱形ABCの範囲内に収まるものを、本件考案の構成要件(二)を充足するものということはできないから、控訴人の主張は、採用することができない。

第四  結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成一一年四月一五日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙

<省略>

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